Diary
1999年5月

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1999.05.31(月) 東京出張記−その1
飛行機で行く予定が、急遽新幹線で東京に行くことになった。長旅になるし、仕事の手伝いもあるので、女房を連れて行くことにした。新幹線の中は満員で、何とか座れたものの、4人掛けの座席はとても窮屈だ。しばらく新幹線に乗らない間に、こんな設計になったのか。二人とも始発で来ているので眠りたいのだが、とても眠れる姿勢じゃない。数駅過ぎた所で大勢の乗客が下車し、急に車内はゆっくりになった。俺達の席も二人だけだ。女房は俺の膝に頭を乗せてまどろみ始める。うん、これなら楽しい旅になりそうだ。俺もやっとうつらうつらする。こんなに楽しいなら、いっそ東京で降りずにずっと二人で旅していたい…
…と、ここで目が覚めた。朝の5時半。始発の飛行機に乗るために用意する時間だ。朝っぱらから、おもいっきり起き出したくないような夢を見てしまった。

女房に空港まで送ってもらい、7時10分の便で一路東京へ。出発40分前に家を出れば良いロケーションは、いつもながら助かる。
この日は終日パソコンのセットアップ。先に先方に送ってあったマシン類を箱出しして、インターネット接続までの設定を終える。
何の問題もなく予定通り作業は進み、18:00に八重洲のクライアント先を後にする。宿泊先のホテルは二日とも新富町の同じホテルで、歩いても行けない距離ではないらしい。が、荷物も多いのでとりあえずタクシーを拾い、「新富町」と行き先を告げると、運転手は
新富町…です、
と半ば顔をこちらへ向けて、妙に躊躇して答える。網走番外地にやってくれ、言ってる訳でもないので、いぶかしげに思いながらも
「うん、新富町に」
と繰り返すと、やっと車は走り出した。が、運転手の口から出てきた言葉は
私、この辺りあんまり詳しくないんですよね〜
との頼りない科白!
ヘイ!タクシードライバー、それなら運転手やってんじゃねーよ!!(モヒカンのデニーロにしちまうぞ、このヤロー!)
しかも何故か異様に車の速度が速い。飛ばせば何とか着くとでも思っているのか?挙げ句の果て、八丁堀で「銀座・築地」と方向指示が出ているのに反対の左側に曲がった。
「…運転手さん、今の道、反対の右の方に曲がるとやないと?」
思わず方言が出てしまう俺。
「…えっ、そうでしたっけ〜?」
当てずっぽうで暴走してんじゃねぇよ!
「とにかく引き返してよ。あっちの方やけん」
「は、はい」
直進する他の車を急停止させて、慌てて大通りをU-turnするタクシー(ここで事故ったら確実に車の横っぱらヤラれて俺が死ぬだろーが!)
またも速度を上げて爆走するタクシー。そして、運転手の質問。
…どこまで行けば良いでしょうか?
そんなことは俺がお前に訊きたいよ!!
「とにかく、地下鉄新富町駅の真横にホテルがあるはずだから、ゆっくり左側を走って!」
「…あ、あった!!」
初めて聞く運転手の嬉しそうな声。そしてホテルの前で急停車。
890円だと言うので、千円札を差し出すと、410円お釣りを寄越した。
「これ、200円多いよ?」
「イエイエ、いいんです。ご迷惑をお掛けしました」
何故か喜々として(本人もホッとしたんだろうなあ)走り去って行くタクシーを見ながら、次に乗る客の不幸を思った。

ホテルにチェックインすると、この日は何の予定もない。銀座まで散歩がてらブラブラと歩いて飯を食い、ホテルに帰ったら今回珍しく持ってきた会社のノートPCでたまにはゆっくり何か書き物でもする…つもりだった。
家に電話してみたら、見知らぬ女性から電話があったと言う。俺が2日までこっちにいることまで知っていて、是非会いたいとのこと。
「な〜んでそんなこと知ってるのよ〜!?」
との、女房の訝しげな声。そんなこと言われても、俺もその名字に聞き覚えはない。
とりあえず、伝言された携帯に電話してみると、前の週にこちらから仕事募集の申込みに応募した相手だった。インターネットを使った新しい編集方式の雑誌を創刊する、とのことで興味を持ったのでメールを入れていたのだ。
先方は品川だが、こちらまで会いに来てくれることになり、慌てて良さげな中華そば屋に入ってそそくさと食事を済ませ(「萬福」という旨い店だった)、再度スーツに着替え(トホホ)、ホテルのロビーにて待ち合わせ。
結局、21:15頃から23時過ぎまで近くの喫茶店で色々な話をして盛り上がった。バイタリティーがあって仕事が分かっている人との話は、男女問わず楽しいものだ。たとえ仕事の話でも、こういうノリなら大好きだ。
数日で200通を超える応募があったらしく、インターネットの普及度とみんな仕事を求めていることを思い知らされる。ただ、責任感を持っていないのに仕事をやりたがっていたり、とにかく収入が欲しいのを第一義にしている人も多いらしく、そんな中で仕事自体に興味を示し、妙な職歴を持つらしい俺に会う気になったらしい。何にせよ、ありがたい事だ。この件についてまだこれからどうなるかは分からないが、こういう先の楽しみが広がりそうな仕事は是非やってみたい。そういう拾捨選択が自由に出来ることこそフリーの強みだしね。
で、結局ロクに書き物はしないままに、その日はヘトヘトになってベットに潜り込んだ。
(次の日の「−その2」に続く)
1999.05.30(日) 永井豪展へ
先月から県立美術館で開催されていた「永井豪展」が今日で最終日であることに先日気付き、慌てて出掛けた。
大人900円もするの!?と思ったが、質・量共に見応えのある展示で、結局3時間も観ていた(笑)
いくつも展示されていた原画は素晴らしい。あれは正に職人芸。マンガは何となく大量消費する扱いを受けているが、あの原画を見ると社会の評価が低いことを実感する。それにしても、幼少時の物であろう、本人の手塚治虫の模写(魔人ガロンとか)などが展示してあったが、子供の頃からこんな絵を描くんじゃ、漫画家になるしかないよな。才能というか天命というか…。「4歳の頃よりマンガに夢中になり…」と書いてあったが、ウチの末っ子の歳からマンガを好きになることが凄い!昔は当然アニメなんかないし、小さな幼児が一生懸命マンガ本を読んだた、と思うと感心してしまう。
ゲッターロボのオモチャは展示してあっても、作品の紹介はなかった。石川賢との競作だしナァ。
中のアチコチに映像化作品が流れていた。こっちではデビルマン、あっちではゴッドマジンガーという具合。おかげで何とか子供達も退屈しきらずにすんだようだ。もっとも、チョクチョク親も一緒になってアニメを見ていたので、出るのがすっかり遅くなってしまったんだが。

美術館を出たのは閉館間際。立ち続けて疲れたので、隣の須崎公園で一休み。
あぁ、昔はここでMODSやらフルノイズやら山善やらがゲリラライブをやってたんだなぁ、俺も何度か見に行ったよなぁ、横にある市民会館に来たときもよくココで暇を潰した…と一人感慨に耽る俺を尻目に、子供達は元気に跳ね回っていた。
たまには美術館もエエね(笑)

1999.05.27(木) VEGAが家にやって来た
先日昇天したTVの後釜を探すべく、女房&末っ子の3人で買い物へ。
家電は価格競争が激しいので、安そうな所を見て歩くに限る。ということで、ベスト電器でめぼしいメーカーと機種の最高価格(笑)をチェックした後、ベストプライスへ向かう。ここは、要はベスト電器と母体が同じだが、ディスカウント競争に対抗すべく、ベスト電器のブランドを損なわないため(←そんなタイシタものかい?)生まれた別形態の店、らしい。だから、当然ベスト電器より安い。どの製品も、5000〜1万円は安い。
(どうせなら全部ベストプライスにした方が無駄な人件費もかからなくて済むのに、と余計なことまで考えさせやがる店だ(笑))
次はMr.MAX(ミスターマックス)。元々飯塚にあった平野電気が上手に営業展開して化けました、の店。ここも安い。心持ち、ベストプライスより安めか?でも、店員が何も考えてない風。電化製品もペットフードも同じ感覚で叩き売りするだけ、みたいな雰囲気。
そして、コジマ電気。九州まで価格破壊にやって来たんだろう。その割には少し他店(除く・ベスト電器)より高め。「ヨソより高けりゃ言ってくれ」とあちこちに貼りだしているが、店のあちこちに佇むにーちゃんねーちゃんは、ほとんどコンビニのバカ店員のような雰囲気だ。言っても理解できそうにないぞ(笑)こんな奴等に何万円も託せるもんかい!
最後にスパ電。激安ならぬ「鬼安!」の字が広告中に踊っているこの店、確かに安い!…が、ホントに広告に載ってる品しかない。つまり、欲しいのがなけりゃOUT。あちこち見て回って、ほぼPanasonicかSONYのFLAT型スタンダード29インチに決めていたので、この店とはサヨナラだ。
で、最終的にベストプライスに戻り、そこそこ立場がありそうな店員を捕まえて(ここで若造店員を捕まえたら大変だ。決裁権を持たない新入りと値引交渉するのは手間なだけ)、
「このSONYのヤツ、Mr.MAXはあと2,000円安い¥84,800だったけど…」
と言うと、数秒考えた店員は、「分かりました。税込みで¥84,800にします。それならあちらより安いでしょう」との嬉しい答えをくれた。
横に大蔵大臣の女房がいたので、ここでほぼ心はPanasonicを捨ててSONYに。主婦には値引きは魅惑の響き(笑)
しかも言われてみれば、なるほどSONYの方が画質がシャープ。ここでSONYのVEGAに決定!
買えばすぐに見たいので、持ち帰りで車に積み込んでもらい、イソイソと帰宅。よし、家に持って上がって接続だ!
…お、重い。箱をみれば「55kg」と書いてある。ウン、PC用17インチディスプレイの数倍の重さだ(←当たり前)。
長男も一緒に手伝って、リビングまで何とか運び入れる。こいつも手伝いになるようになったか、ウンウン…と感慨に浸る暇はなく、接続に走る。
設定も終わって画面を見てみれば、ビクターだ東芝だと悩んだのがバカのように良か画面。よっしゃ、正解!
(↑藤永さんに「何を悩んでるの?最初からSONYしかないでしょ」とツッコミを入れられそうだ)
というわけで、夜は「Blues Brothers」のビデオを引っぱり出してきてレイ・チャールズやアレサ・フランクリン、ジェームス・ブラウンのShoutを堪能した。
東京出張なんか行かずにTVを見つめていたい(笑)

1999.05.26(水) セットアップ・ラッシュ
梱包を解き、機器を接続する。電源投入→Windows初期導入。周辺機器の増設とセットアップ。各業務ソフトのインスト。スタートメニューのカスタマイズ。インターネットの認識とネットワーク設定。箱詰め。納品…
最近、色々なPCの受注が相次いで、この作業の繰り返し。退屈だが側を離れられない作業。
ルースターズの『Dissatisfaction』のごとく「♪オイラあきあきしたぜ 毎日同じ繰り返し ぶち壊したくてオイラ堪らねぇ!」と行きたいトコロだが、ぶち壊してしまっては納品できないし(爆)

1999.05.25(火) 『北斗の拳 激打!』導入!
以前にココでも書いたタッチタイピングソフト『北斗の拳 激打!』("げきうち"と読む)をメインマシンに導入する。
前から購入はしていたが、なかなかさわる暇もなく、女房からの不満は溜まる一方だったので、ちょっと一安心。
Quick Timeの最新版がうまくインストできずに、最初ちょっと手間取ったが、何とか起動。
ステージ1〜7まであって、ステージ1は説明、ステージ2で指の配置練習、実際に敵と対決(タイプレッスン)し出すのはステージ3からだ。
まだるっこしい、と思っていたが、初めの方のステージで十分笑え…もとい、楽しめる。
わざわざこのソフトのために新録したというケンシロウこと神谷明の声で、「…右手小指でそのキーを打て!スラッシュ!!」(←いちいち記号の呼び方がもったいつけた言い方で可笑しい)と指示。声に従ってその指でキーを打ち終えると「…よし!」とお誉めの言葉。
いざ対決の場面でも、問題として出される言葉が「KITIKU」(鬼畜)とか「HYOUHENN」(豹変)とか笑わせてくれる単語が多い。ここで笑ってばかりいるとダメージが溜まって、
「ユリアー」と叫びながらケンシロウが倒れてゲームオーバー。
しかも、30分以上続けていると警告を発する親切設計。
この日、俺はホンのちょっとしかプレイできなかった。
仕事が忙しいためもあるが、女房と子供までもがハマってやっていたため。特に子供達は4人交代でやるので、いつまで経ってもディスプレイの前から離れない。
女房も、俺が来週・再来週と出張している間に、密かにこれで俺よりキータイピングが速くなることを目論んでいるらしい。
なかなかハマれるソフトだ。ハイブリッド版なので、Mac使いにも奨めたい。楽しめまっせ(笑)

1999.05.24(月) 武具屋襲撃
珍しく?仕事をしすぎて頭がウニになったので、夕方家族で地獄へドライブへ。
周りの車に親子で中指を立てて女房に叱られつつ、香椎の武具屋へ向かう。
俺達家族が入ると、武具屋の中は一杯になる。
色々な剣道具を観てワクワクしている子供に「いらんこと物に触るな!」と檄を飛ばしつつ、ちょっと物色。
大人用の小手が¥9,800…や、安い!買おうかな(笑)
結局、奨悟用に透明のツバと竹刀袋を買った。合わせて500円…安い。今、銅を注文している少年剣道会の者だと告げたのが効を奏したか?(笑)おまけに消臭剤(特に夏は、剣道着も防具もホントにクラクラするような匂いになる!)のサンプル版もくれた。なかなか気前よくて嬉しい♪
大人用の剣道着は、上下合わせて一万円ちょっとからあると言う。かなり心が動くが…剣道を再開してこれ以上生活を忙しくするのもなぁ(笑)
しかし、こういうところに来て楽しいんだから、俺もいつの間にか剣道ファンか?
意外と大きな楽器屋も見つけたし、香椎侮りがたし!また来よう。

1999.05.23(日) Roosterz色の空
夕方、女房と二人で本屋へ行く。
用を済ませて外に出ると、もう夕闇が迫っていた。
今日は終日曇り空だったので、陽の赤い色は混じっていない夕闇。
碧色とも紺色ともスカイブルーとも違う、何とも不思議な色の夕景。
「…地球が終わる時って、こういう空の色になるのかな?」
「そんな感じの色ね。不思議な色」
「ルースターズカラー(この場合は"s"ではなくて"z"のルースターズだ)ってこんな感じだよね」
「そうね。何となく似合う気がする」
こういったファジーな感覚を共有できるパートナーっていいよな。

1999.05.22(土) さよなら家電
昨日、TVが昇天した。画像がまったく出ない(ちなみに、最後に映した映像は朝の「おじゃる丸」だった)。
結婚当初はTVのない生活で、半年以上過ぎてやっとポータブル型のピンクのTVを手に入れた。それから3年以上経って、ようやく志朗が一歳の時に、このTVを手に入れた。ウチで初めてのまともなTVだった。もう11年以上になるので、寿命だろう。
通常、TVの故障は、スイッチなどの小さな部品は別にして、トランス(電源)部分→チューナー→ブラウン管、の順で修理料金が高くなるので、修理にもお金がかかるだろうし。
2週間ほど前に電気カミソリがダメになった。再来週の東京出張までにはなんとか購入しないといけない。
最近は、6年前に購入した洗濯機が動作中「歩く」ようになった。自分の回転の振動で毎回設置位置からずれる。同時期に購入した冷蔵庫も、時々冷え方が一定しない。洗濯機は7kg洗い、冷蔵庫は410リットル型とどちらも大型なので、買い替えには予算がかかりそうだ。
そういえば、結婚祝いにもらったコーヒーメーカーも、接触がおかしい。先日はショートして一瞬火花が散ったらしい。
俺の部屋の業務用クーラーも冷えが悪いので、今年の夏場は辛いだろう。
しかし、こんなに一度に買い替えの時期がこなくても…「お前等、順番やこちらの心づもりや懐具合とか都合ってモンがあるだろう?」と、物言わぬ家電達に愚痴をコボしたくなる。…買い替えの資金、どうしよう?(泣)

1999.05.21(金) 日々と音楽と
街に出て複数の知人に会い、楽しい一時を過ごす。いいなぁ、みんな今日はシナロケ観に行くんだ。で、俺は仕事で夕闇と共に街を後にする。
帰りに寄った本屋で流れてきたのは、真心ブラザースの『拝啓 ジョン・レノン』。
そういえば昔、女房が俺が留守の間に「知らないバンドだけどあなたの好きそうな曲だから」と言って、この曲の映像をTVから録画しておいてくれたことがあった。
そんな風に俺のことを考えていてくれる女がいつも待っていてくれるんだ、と思うと、一日終わってくたびれた気持ちが軽くなる。
骨まで浸かることなく、離れることもない良い関係で、まだまだこれからも音楽と付き合っていけそうだ。

1999.05.20(木) PC個人指導
今年になって、個人でパソコンの購入を希望するお客さんが増えた。
個人だから、なるべくお金をかけて欲しくない。かといってサービス過剰では自分の足が出てしまう。
どこまでサポートするのか、どういうスタンスで付き合っていくのか…
この日、導入してもらったところは、60歳を過ぎたご夫婦。遠くに就職している息子さんとメールをやり取りしたいとのこと。
飲み込みの早さとか、年齢とか、そんなもんじゃないんだよなぁ、とつくづく感じる。
要はやる気と興味。それさえあればどんな苦難も乗り越えられる。コンピュータって、そんなモンだと思う。
個人ユーザーだろうが大企業の一括購入だろうが、この原則は変わらない。
で、仕事片づいたときの達成感、嬉しさも同じ。いつでも最後は気持ち良い仕事にしたいもんだ。
この日はそうだったんじゃないかな?

1999.05.16(日) 剣道昇級審査
例年なら、昇級審査は退屈極まりない。朝8時ころ集合して、審査会場に行って、午後1〜2時に解散。
その間、親は子供のホンの90秒の審査(試合形式で、勝敗に関係なく形を審査する)のためだけにずっと待っている。会場にいっても大抵狭くて入れないので、自分の子供の審査の間も見ることもできずにじっと外で待っている。
が、今年は違う。ただでさえ後援会会長で引率していかなきゃならない。しかも、今年に限って当番で回ってきた開催地がこの町。
駐車場整理から先生達の接待、会場の監視…と目まぐるしい。
ただ、今年からは役員以外もみんなが手伝うようになってきてくれているので、かなり楽。それでも終わった頃にはヘトヘト。
逆に言えば、去年までこれらの仕事をほぼ会長の家族だけで動き回ってた訳で、大変さを実感する。

元々、基本的に技量が足りない子は審査を受けさせない方針なので、実は合格率はほぼ100%に近い。
それでも子供達は擦れていないというか素直なもので、審査前には緊張し、審査後にはちゃんと出来ていただろうかと心配する。
最後の合格発表が大きな紙で前に張り出されると、会場内で一斉にワァッ!という歓声が上がる。
その声を聞き、子供達の喜びはしゃぎ廻る姿を見れば、疲れも癒される。

今年に限って終了が午後3時と遅かった。で、疲れて帰ってビール飲んでバタンキュー…とはいかず、ほんの一息つくと午後4時からまた後援会行事(笑)
いよいよ選手用の銅を購入するため、業者・先生・父兄が集まって、銅の色を決める。
みんなああでもない、こうでもないと盛り上がり、家に戻ったのは5時半も過ぎていた。
この日も一日、少年剣道後援会の行事で日が暮れた(笑)

1999.05.14(金)〜15(土) 犬騒動
俺の出張中に、末っ子が公園で犬に噛まれた。
飼い犬らしいが、今までもしょっちゅうその犬によその子供が噛まれているらしい。抗議してもその家は「どこに証拠が?」とトボけ、保健所の度重なる指導にも耳を貸さないとのこと。
話にならないなら、こちらも無条件にその犬を叩き殺せば良かろうと思った。この2日、頭の中はそのことばかり。
車に木刀とスパナを積んで相手の家の近くに止め、家の様子をうかがって…
…と、この調子で事の顛末をここに書く予定だったが、諸般の事情で中止。
ものすごくディープな問題が経由にあって、いくら何でも、ここに書いて簡単に笑い飛ばして、はいチャンチャン、とは行かない結末だった。
色々と誤解を受けかねない内容だし、いつか小説にでもしよう。その位、ディープで心証的、俺の中では日本社会に根付く色々な部分まで考えさせられた問題だった。
幸い巧樹はほとんど怪我がなかったし、誰もそれ以上傷つかなかったし、まぁ良しとするしかないだろう。

1999.05.12(水)〜13(木) 近距離出張
珍しく八幡で泊まりの仕事。
いつも高速を使って行けば片道60kmを40分足らずで着いてしまうので、徹夜で仕事する以外は泊まったことはない。
が、この日は俺が役員をしている会社の社長の希望で、泊まりで東京からのクライアントの接待。
クライアントを福岡空港まで迎えに行き、そのまま八幡の事務所へ。
日中は数時間席を空けて他のクライアント先(JR駅前の某メイ○黒崎(笑))へ出かけたが、プロジェクトにサブで付いている女の子にまかせておいて、何とか打ち合わせも進んだみたい。自分が教えてきた人間にある程度仕事をまかせられるようになるのは、いつもなかなか嬉しいことだ。
夜は宿泊先のホテルで飲み会→カラオケ、と珍しく俺が人を接待。といってもいつもの調子で気軽に色々なこと話してただけなんだが(笑)

泊まったのは「八幡ロイヤルホテル」という、スペースワールドの目の前という絶好のロケーションに位置する、大きなホテル。
昔は北九州産業の基幹をなしていた八幡製鉄=新日鉄が直営しているだけあって、雰囲気・接客態度・食事の味共に大変良し。
ただ、客は決して多いとはいえない。値段もこのレベルならかなり安いと思えるのだが、こんな所にも福岡市とはまったく違う、"鉄冷え"から未だに抜けきれない北九州の不況の風を感じてしまう。
また、いつもそこそこ客足の多い、黒崎の北九州プリンスホテルより俺はずっとこっちの方がいいと思うんだが、営業力の差か。う〜む、恐るべし西部グループ(なんのこっちゃ)

零時直前までカラオケ屋で騒いで、解散後、部屋で普段ゆっくり読めない小説を読んでいたら、すっかり寝るのが遅くなってしまった。
それでも朝7:30には起きて、温泉のような大浴場へ。ここで30分、ゆっくりと独占状態で湯船に浸かる。
こんなところで子供の面倒も見ずにゆっくりできるなんて何年ぶりだろう!…でも、退屈だ(笑) やっぱり、子供と風呂の中で遊んでる方がいいなぁ。

風呂から上がって朝食に行く途中で、クライアントと一緒になった。そのまま食事を共にして、直接仕事と関係のない話ばかり色々と喋ってたら、45分も過ぎちまった。朝からなんて優雅なんだ(笑)

クライアントと一緒にチェックアウトして、事務所に出社したのは10時前。まるで重役出勤(笑)
その後は集中して打ち合わせを詰めて、12時過ぎに、予約していた近くのホテル内のフランス料理の店へ。
味は確かに良かった。ワインも旨かった。そして、かかった時間が2時間以上!まるでフランス人(笑)
料理が出るのが遅くてけっこうイライラ。この人達、今日の夕方の便で東京に帰るのに。
14時半前にようやく事務所に戻り、またも濃密な打ち合わせと今後のスケジューリングをして、無事16時過ぎに終了!(ホントは午後も4時間近く欲しかったんだが、なんとか詰め込んだ)
帰りは又も空港まで送る送迎バスとなって、その後博多まで同乗してきた社長と打ち合わせし、解放された頃には夕闇の時間だった。
濃い2日間だったが(というか先日のゴールデンウィーク以外は濃くない日はないのだが)、息つく暇もなく明日からも家での仕事が待っている。

1999.05.10(月) 剣道の先生との打ち合わせ(という名の飲み会)
少年剣道後援会を全面的に後押ししてくれている、中心の若手指導員の先生方お二人を呼んで、我が家で打ち合わせ。
この日も午後8時に来てもらい、ゆっくりしてもらうために、まずはビールで乾杯。
先生方、それぞれ熱意もポリシーもあるため、多少の主義の食い違いはあるものの、「少年剣道の育成」を第一義にしていることは同じなので、概ね話は良い方向へ進んだ。やっぱり銅は3チーム分計15個を一括購入することで意見も一致!
後は熱い剣道談義にも花が咲き、女房の作ったパスタや活魚のマリネは空になり、ビールや焼酎はまるで我が家でのいつもの飲み会のごとく減り、酒は下戸の先生が先に帰ったのが午前2時過ぎ、もう一人の先生が帰ったのが午前4時半だった。
…う〜ん、ウチで飲むと何でいつもこうなるんだ(笑)
ばってん、活気のないでダラ〜ッとしとうより、みんなやる気のある方が楽しかけん、良かクサ!
こんなとき、俺の頭の中ではいつもサンハウスの「やらないか」が鳴り響いている。

1999.05.09(日) 甥っ子初節句
甥っ子(女房の弟の長男)の初節句祝に、昼前から家族で女房の実家⇒義弟夫婦の家へ行く。
赤ん坊は可愛いね。ああやって見ているともう一人ぐらい欲しいかな、とかたまに夫婦で思ったりする。しかし、現実的に5人育てるのは無理だしな。
珍しく姪っ子が俺になついてくる。ウレシィ(笑)
以前は女の幼児は割となついてきていたんだが、30過ぎたあたりから女の子がなついてこないようになった。子供から見て、ヤな人相になったのかなぁ?
結局、この日は姪っ子になつかれた事だけで嬉しい一日だった(笑)

1999.05.07(金) かてーほーもん
子供の家庭訪問では、幼稚園・小学校とも基本的に夫婦で応対するようにしている。突っ込んだ話も聞きたいし。
で、今年もやってきたぜ家庭訪問!
先日、巧樹の幼稚園の先生が来たがウチの例年通り予定時間をオーバー。ほとんど今まで時間通り帰った先生なんかいないんで、こっちは別段驚かないが、いつもウチ以降の順番の人は遅れて大変だろうなぁ(笑)
で、この日一日で小学校の先生に集中して来てもらった。
まずは三男の奨悟。マイペースな部分以外は概ねクラスでも問題なし。2年生でクラス替えもないし、先生は奨悟の個性を尊重してくれてるし、まぁ順調。
次に次男の章祥。3年になって4月にクラス替えがあったばかりでクラスに溶け込めているかちょっと不安だったが、クラスの中心的役割で元気とのこと。新しい女性の先生も章祥にもよく気にかけてくれてるようだ。マイペース気味な部分は相変わらずだが(笑)
最後の長男・志朗の先生は、時間を大幅に過ぎた章祥の先生と玄関で鉢合わせ。新しい男の先生が玄関で笑いながら挨拶を交わし、ウチに上がる。
志朗のクラスは、前年5年生の時の女性の先生が良い先生だったんだが、クラスに問題が多くて降りてしまったようだ。ちょっと残念。複数の暴れん坊に不登校児にいじめ…と、ちょっと身が持たなかったんだろう。で、代わってやってきたのが元々一年生の学年主任をやってた男の先生(この煽りで今年の新2年生(つまり奨悟の学年)も一部担任が代わっている)。要はクラスのテコ入れに学校側が乗り出した訳だ。
よく駄洒落をいう先生らしいが、その教育姿勢には熱いモノを感じた。
前の女の先生になついていただけに、なかなか女子が自分を受け入れてくれないこと、テコ入れに失敗したら失態の責任だけを負わされる危惧があること、などを率直に話してくれた。もっとも、こっちが開口一番「…で、ホントウの担任交代の理由は何なんですか?可愛い息子のクラスのことなので、事実を教えて下さい」と言ったからだろうが(笑) 別に事実を隠し立てする様子もなく、自分の信念に胸を張って教壇に立っている姿勢が感じられた。
ついでに、子を持つ親同士(その先生にもまだ大きな子供が数人いる)の心情を語り合ったりして、盛り上がった(笑)
志朗は、自分のクラスへの変革を後押ししてくれる貴重な存在とのこと。親としてもうれしい。息子自身は全然クラスをいやがってないし、「班長」「代表委員」「(体育祭時の)応援団長」…と、なんでも役員的仕事が好きな脳天気ハッピーマンだし、先生も良い先生だし、まぁいいや(笑)
まだまだ話は盛り上がっていたが、訪問後50分近くなった所で志朗が顔を出して
「…先生、次に行かんでいいと?」
時計を見て慌てた先生は急いで腰を上げた。志朗が声をかけなけりゃ、もっともっといろんな事を語り合っていただろうに。志朗め、余計なことしやがって(笑)
先生が帰った後、志朗には
「お前が先生の助けになってクラスをもっと楽しく変えていけ!でも調子には乗るなよ」
と言うと、大きく頷いていた。その意気や良し(笑)
ともあれ、みんな良か先生みたいなのでほっとした。今は精神的に幼稚な先生が多いしなぁ。
しかし、家庭訪問3連チャンは疲レタ!

1999.05.05(水) Bye, Bye Golden Time
連休もこの日で終わり。
まったく仕事をしない貴重な5日間だった。
サラリーマン時代のように明日からの仕事が憂鬱で仕方ない、というようなことはないが、それでもちょっと名残惜しい。
連休明けたらしばらく土日も休めそうにないしなぁ。
でもまぁ自営業者は、明日のために歯ぁ食いしばってまた頑張って働くしかないねぇ!やってやろうじゃん。

連休の最後は肉体労働=ずっとさぼっていた洗車×2。
これも明日のため、か?(笑)

1999.05.04(火) クラシック・コンサート
クライアント先の紹介で、無料で券が手に入ったので、小倉まで女房・上の子2人の4人でクラシック・コンサートに行ってきた。
結構、自分自身クラシックは好きだし、Rockやろうがクラシックやろうが「いいものはいい!」と思える感覚を子供にも身につけてほしいので、良い機会だった。
17:30に開演して20時前までほぼ2時間半、当初の予想以上の長時間のコンサートだった。
開演前こそ、章祥がコーヒーこぼして服を汚したりして不安だったが、終始、子供達は熱心に聴き入っていた。
オーケストラは決して超一流ではないが、指揮者の巧さも手伝ってダイナミックな音を出す、良い演奏だった。
プログラムで3曲、アンコールも2曲演奏し、「ARBの時もそうだったし、僕らが行ったコンサートはアンコールが多くて良いネェ!」と子供達も喜んでいた。
アンコールで演奏時間が伸びても退屈や嫌がりもせず、演奏に喜んで耳を傾ける子供達が嬉しかった。ARBとクラシックをまったく同じ次元で捉えられる感性は、大事に育ててやりたい、と思った。連れていって良かった。

終演後、皆空腹だったが、とりあえず濡れている章祥の服を買おうと思って近所のダイエーを探すが、もうどこも閉まっていた。
そうこうしているうちに服も半乾きになって来たので、食事をするために、小倉駅に車を止めた。この時、既に21時前。
そして食堂街に向かう途中で、なんと東京のクライアントの社長とばったり会った。なんでも休みを返上して九州方面へ視察にきていたらしい。
当初の自分達の予定だと、一時間前には他の所で夕食を食べていたはずで、コンサート時間が意外と延び、章祥の服を探し回り、たまたまここに車止めて、その社長と出会う偶然にお互い驚いた(相手の社長は、私服姿の俺や家族にも驚いていたが(笑))。
ちょうど今月末には先方を仕事で訪ねる予定だったので、その約束も交わして別れた。これが元で発展的にうまくいくといいんだが、そこまで偶然に期待しねぇよ(笑)
サラリーマンマンガなら、これを機会に明日の朝一番に先方を出迎えて、営業を売り込んだ結果、大きな商談に結びつける…となるんだろうが、俺の性には合わねぇ。どげんかなるタイ(笑)

食事は4人で冗談を言い合いながら食べた。腹は減ってたし、味は良かったし、でみんな満足していた。
留守番の下二人にはちょっと寂しい思いさせたが、いい休日だった。
ただ、結局深夜零時前まで小さい子のお守りを任せてしまった義父さん&義母さんには、また、呆れられたかも(笑)

1999.05.03(月) Let's Go草スキー
トヨタが経営している若宮町のオートキャンプ場(正式名称はワスレタ)へ遊びに行く。
親子でオートバギーに乗る。意外と難しく、なかなか直進もままならない。
長男の志朗だけは、一人で乗ったんだが、無鉄砲なのか何なのか、ハイスピードで爆走!しかもギアチェンジもせずローギアでアクセル噴かしまくりなので、凄ぇ音でカッ飛んで行く。見ている方はハラハラするが、本人は楽しくて仕方ないようで、ケラケラ笑って突っ走る。意外と危ない奴かも知れない(笑)

オートバギー以外は遊べるモノはあまりなく、まだ時間も早かったので、そのまま桂川町の茜という所へ、草スキーに連れて行った。
末っ子の巧樹は一人で滑らせるには不安なので、女房と時折交代しながら、親子一緒に滑る。
これがオモロイ(笑)
スキーなんぞ生まれてこのかたしたことのない俺には、この疾走感は快感だ。うまく滑れれば勢いがついて最終のクッションまでぶつかる。これもオモロイ(笑)
子供達と一緒に滑って何度も競争した。本気でやった(笑) 当然体重が重い方が早いわけで、たいていトップで到着する。巧樹は喜ぶ。他の3人は悔しがる。で、「もう一回!」。これの繰り返しで滑っては登り、滑っては登り…
これが繰り返すと結構足腰に来る。
ヘタって来た親に見切りをつけたのか、巧樹は後半になると一人で滑り始めた。何だ、「ひとりでできるモン!」じゃねぇか。今まで一緒に滑っていた俺達って何?ひょっとして子供と同レベルではしゃぎまくってた変な大人か?
いや、それより、その間一時間以上、ただただ子供達を見ていた義父さん&義母さん…お疲れさまデシタ。また、呆れられたかも(笑)

1999.05.02(日) 嘉穂の湯
日中をダラダラと、読み溜めた本をひたすら読んで過ごす。こういう休みもタマにはエエデ!
夕方から、皆で「嘉穂の湯」なる健康ランドみたいな所に行く。これで一人300円なら、銭湯感覚でいいんじゃないか。
しかし、駐車場待ちする位、客が多いのには驚いた。不況のどん底筑豊でも、人が集まるところには確実に集まる訳やね。
子供達は喜んで、電気風呂〜ジャグジー〜水風呂〜露天風呂と走り回る。
最近は末っ子までもが兄貴達と一緒に遊びたいがため、男風呂の方に来るようになったので、湯船で一人のんびり♪…という訳にはいかない。子供達に走るな、バチャバチャするなと、時折イエローカードを発さなきゃならない。でも、それもまた楽し。
終日、のんびり気分を味わえた休日だった。

1999.05.01(土) 授業参観
小学校の授業参観。この日、授業参観の時間に長男の6年生クラスは、来月の修学旅行(小学校の修学旅行なんてもう20年以上も前の話になっちまった!)の説明会で、ひさみはそこに一極集中。
で、俺が一人で、次男章祥(3年)&奨悟(2年)の教室を行ったり来たり。
章祥はクラス替え後間もないが、クラスに馴染んでいるようで一安心。
奨悟は…相変わらずのマイペース(笑) トホホ、確かに俺の子だよ。
でも、二人とも授業を楽しんでるようなのでOK!
夜はひさみの中学の同窓会で、家族揃って実家へ。そのまま、連休モードに突入した。




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