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2000.01.22(土) 初給料が便器代
文明開化の波は我が町篠栗にも押し寄せ、トイレの水洗化を余儀なくされることとなった(笑)
しかし高けーよ!ウチは2箇所在るんで価格も2倍!コンクリート引っ剥がして下水道通すにも金がかかるし!便器の機能はやたら多くて訳分かんねぇし!女房と便器の色で意見は食い違うし!!
で、工事費しめてン十万円(百万円に近いゾ(泣))を捻出するのも一苦労。家の蓄えは苦しいし…
ここでウルトラC。未払いのまま毎月働いていた取締役こと女房・ひさみの給与を数ヶ月分支払ってそこから工事費を支払うことにした。つまり、初めてのお給料は便器になったって訳だ(笑)
「普通、初めてお給料貰ったらお祝いしたり何か記念に買ったりするのに…私の場合は便器…!?」
…す、済まん、ひさみよ!もっと儲けてそのうち黄金のトイレでも造ってやるから(笑)

2000.01.15(土) 日だまりの詩を聴きに
小学時代から知り合いの悪友がいきなり電話をかけてきて、
「お前、ル・クプル観にいかんか?」
と言う。しかも日にちを聞いてみたら今日だという。相変わらずトンデモない奴だ(笑)
臓器バンク関連のイベントのペアチケットが余ったらしい。もったいないので俺に電話をして来た訳だ。。
しかし、開始時間まであと4時間。チケット渡しをどうするねん?と訊くと今から持って来ると言う。
そして奴は1時間後に俺の田舎から現れて、10分と座らずに帰って行った。せっかくひさみが焼いたカステラのお裾分けをしてやろうと思ったのに、それを渡す暇もない。やっぱりトンデモない奴だ(笑)

どうせこういう機会だからと、ひさみと志朗に行かせることにした。
家族全員で車に乗り込み、二人を市民体育館で降ろすと残りの4人は暇つぶしにどこか市内の公園へ…と行こうと思ったが、夕方のこの時間はどこも大渋滞。車はまったく進まず、公園を見かけても駐車場は見当たらず…で結局2時間を皆車内で過ごしてクタビレ上がったまままた二人を乗せて帰ったのだった。

ル・クプル自体は30分のミニ・コンサートで、それでも二人とも楽しんだらしい。
その他にも臓器バンクの登録を呼びかけるトークやイベントが色々あったが、司会が福岡吉本の芸人で、スベりまくりで面白くなかったとのこと。確かに福岡吉本の芸人のレベルはどれも低いように思う。田舎のタレントでしかない感じやな、TVとかで時たま観る限りじゃ。
で、チャリティーオークションもあったんだが、司会の下手さも手伝ってかなり盛り下がりだったらしい(苦笑)
出品は小錦やスポーツ選手が中心だったらしいが、中でも悲惨だったのはプロレスの蝶野の出展物。
リストバンド&Tシャツ他4点セット(もちろんサイン入り)は東京では十数万円!ついたと司会が騒いでたにも関わらず、落札価格は3,000円(爆)
更にもっと悲惨なのは南義孝の黄色いスーツ。
シンとする会場に
「あの『モンロー・ウォーク』の人ですよ!皆さん知らないの!?絶対価値ありますよ!!」
の司会の声が空しく響き、結局1,000円もつかずに品を引っ込めたらしい(酷すぎ)
俺は南義孝は結構好きなので、
「んじゃお前、1,500円位で買ってくれば良かったッタイ」
と言うと
「そんなモン買うてもあんたには着れんめぇもん」
と言われた…返す言葉なし(泣)

2000.01.06(木) 決意の時
思い切って過去のしがらみに決別して、新たな一歩を踏み出そう。
大人だから喧嘩したり相手を罵倒したりすることなしに、ね。
明日からもっと良い日になるさ。いや、きっとそうしてみせる。
俺は前に進むしかないんだ。
…などと考えながらの会食の場は辛かった(嗤)

2000.01.05(水) 足の爪ビローン
ひさみの実家で子供達とバトルロイヤル。
こいつら全員でかかって来るので結構シンドイ。
もっとも攻撃的なのは次男の章祥で、ボディー攻撃に飛び蹴りにカカト落とし、とマジで挑んでくる。
で、志朗を抑えこもうとしていた俺の隙を突いて足元へスライディング!
……ムッチャックッチャ痛ぇ〜〜〜〜!!!!
親指の爪の根元が見る見る変色していく。爪の中で内出血したらしい。
「人間は身体の先端部分ほど痛覚が増す。そのため、拷問の手口としては手足の骨を折ったり腹部に打撃を加えたりするよりも、歯を折ったり手足の爪を剥いだりした方がより効果的で…」
痛くて転げ回る俺の頭の中では、昔読んだ拷問についての専門書(何じゃソリャ)が駆けめぐる。周りで心配そうに「大丈夫?」と声をかける坊主共。
「お、お母さんを呼んできてくれ〜!!」
とりあえずこんな時女房に助けを求めるのは、尻に敷かれている男の悲しき性か?(笑)
どうした?と流しの方からひさみをはじめ、義父母も飛んでくる。
あ、あしぐわぁ〜、つ、つめがぁ〜!!と必死で説明する俺の話を聞いた3人は、
「あ、こりゃ痛かろう。爪そのうち剥げるよ」
と、あっさり言ってのけた。そんなに落ち着かずに何とかしてくれ〜!とすがると、
「お父さんしょっちゅう材木落としたりしてこうなってたから見慣れてるよ。うん、痛いよね」
だと。そ、そうか…お父さんが大工のこの家では、こんなことは日常茶飯事だったのか…(泣)

結局この日の事故でこの後一ヶ月近くビッコを引いて歩いた。
道ばたのちょっとした凸凹や段差、階段がことのほか辛い。バ、バリアフリー!などと都合良く思ってしまう俺だった。

2000.01.03(月) 飲んだくれ新年会
ルースターズML九州支部永代支部長(笑)こと斉藤さんが正月休みで里帰り。
んで、彼を囲んで新年会。結婚直前のFUMIさんやオグシ夫妻、とおる夫妻、MissYさん&YUKIさん&keikoさん、初対面のだまさん…の面子だったっけ?
で何時間も一箇所で飲み&ダベり続け、最後は斉藤さん&だまさんと俺の3人で長浜の屋台へ。
何故か「アチチ」の振付をずっと訊いてくる酔っ払いオバチャンとも会話しつつ(笑)熱いラーメンをすする。
酔いの回った頭にトンコツスープが沁みる。腹一杯になって外に出ると夜の寒さが心地よい。
通りに出た所で斉藤さんと再会の握手を交わして別れる。また帰って来て、今度はブットいギターの音を聴かせておくれ。
で、実家が俺と隣町(笑)のだまさんを車で家まで送って、やっと帰り着いたのが午前2時過ぎ。
いつものことながら、ひさみの顔を見ると一気に酔いが回る。帰り着いた安心感のためだ。
まぁ、女房の顔を見たらシラフに戻るよりいいや(笑)

2000.01.01(土) 年頭に思うこと
自省的な劣等感の連続の一年だった。
独立して家も買い、会社も何とか潰れずにコツコツとやっている。
…で、それからは?現在の生活を維持して行くだけの毎日を一生繰り返すのか?
その自問自答の繰り返し。それでもそこから脱却できず現状に甘んじて沈んで行く自分を感じる。

「それ以上何が望み?贅沢言うなよ」
何度も知人達に言われたセリフ。
そりゃそうかも知れない。女房と子供、幸せな家族に囲まれて二十歳の頃には想像もできなかったような良い暮らしを得ることができたとは思っている。
でも、俺が望んでいたのはこんな小市民的な幸せじゃない。
現状を最終到達点と勘違いして、今に甘んじてはいけない。少なくとも通過点でしか無いはずだ。そうじゃなきゃ、俺は転がり続けれずに止まってしまう。止まったらお終いだ。
停止恐怖症?破滅願望?
言いたい奴には言わせとけ。俺の人生を乗せたジェットコースターは未だ半分も過ぎちゃいないんだ。

「中学から進学校に入る」…俺の小学校の担任は明らかに嘲笑した。
「国立大学に行く」…高校の担任は「お前が行けたら逆立ちして校庭を一周してやるよ」と言った。
「結婚する」…周りの大人達は「ままごとだ。不幸になるだけだ」と止めた。
「会社を辞めて独立する」…みんな「バブルが弾けた今の時期は自殺行為だ」と叱咤した。
そんな周りに逆らって生きてきた…と言うより、自分の確固たる(つもりの)意志にみんなが何故か反対した。今ではそんな声さえもが後押ししてくれたと思っている。
これからもきっとそうやって生きていくのだろう。
天の邪鬼と笑わば笑え。結果オーライ、極楽オーライ。今がよけりゃ誰も文句言わねぇんだから。

だからこそ、今年の俺は新たな一歩を歩みたい。
もちろん一人じゃないから絶対やってゆける、と信じている。
自分自身を信じ、家族がそれを信じてくれる。そんな思いを全うできる一年にしたい。




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